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ヒップホップ東西抗争

HIPHOPの歴史としてアメリカの1990年代頃のHIPHOP東西抗争は避けられません。ヒップホップ東西抗争

パックとビギー

ノトーリアス・B.I.G.通称ビギーとパフィ・コームズ率いる東海岸の「バッド・ボーイ・エンターテインメント(Bad Boy Entertainment)とシュグナイトが率いる2PAC(出身はイースト・コーストですが、最盛期の活動場所はウエスト)やスヌープ・ドッグが所属する西海岸のデス・ロウ・レーベルの抗争が代表的なものとして有名です。

事の発端は、トゥパックへの銃襲撃事件で、これをバッド・ボーイ・エンターテインメントの陰謀だと決め付けたことだと言われています。

まずは元々東のMCだった2pacが有名になっていくにつれて、それをよく思わないパフダディやビギー等が所属するバッドボーイ関連と思われる何者かから銃撃されて、入院と以前の不祥事の裁判を繰り返した後、バッドボーイを良く思っていなかった西海岸のシュグナイトのレーベル、デスロウに入るようになる事で東西抗争が決定的なものになります。

言わばシュグナイトとパフダディという元々の敵同士がトゥパックとノトーリアス・B.I.G.という武器を手に入れたということです。2人はラップでディスを繰り返し、それが段々と固有名詞から西vs東のディスへと拡大していくことになります。

2pacはnas,mobb deepをはじめとする元々同じNY出身のラッパーを次々にディス、ビギーもドクタードレをはじめとするg-funk組を中心にビーフを争っていたようです。

両海岸のアーティスト達はお互いを罵り合い、牽制、威嚇、卑下し合いました。それらの内容はラップのリリックにも現れて、ギャングやマフィアを巻き込んだ直接的な襲撃や発砲事件といった攻撃を行います。

最悪の結果

ヒップホップ史上最悪のこの東西抗争は、2PAC、 ノトーリアス・B.I.G.という両海岸を代表する天才MCをともに銃襲撃事件で失う結果を招きました。黒幕パフダディとシュグナイトは今も健在です。

元々パックとビギーは、お互いをフィーチャリングした曲もあったようですが、95年にアワードで互いがラップバトルをした事が直接的な発端ではないかとされています。今となっては本当の所はシュグナイトとパフィに聞いてみないとわからないと思います。

東西抗争は事態を重く見たドクター・ドレらの活動によって沈静化を見せて、今では両海岸のアーティスト達は共演なども行うようになりました。現在は、個人間のビーフを除いて、沈静化しています。

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2016/3/4 更新